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マストロヤンニ


6年前に貪るように読み込んだいくつかの本を今読み返している。

あの頃も繰り返し繰り返し読んでいたはずだが、それでも時を経て読み返してみると新たな発見もある。

あの頃は 何か自分が特別な者にでもなったかのように思えて浮かれたり必死だったり、さらには優越感に浸っていた。未知の世界に足を踏み入れることは、恐怖と喜びが共存していた。

あの頃の自分を思い返すと、顔から火が出るほどに恥ずかしい。それでも必死でいい奴隷になろうとしていた自分を否定しないでおこうと思う。


ひとつ読み返した本の エピソード27には私が経験したことと似たような文章が綴られており、登場人物も似ていて、一瞬ハッとさせられた。もしかしたら、大した出来事ではなかったかもしれない、それでも、そう思えるのは、今の自分だからであって、あの時間の自分には受け止めきれない何かがあったのだろう。したがって、今も時折その時のことを思い出すのだと考えている。

不快に思ったことも、あの場に居た人間の顔も、御主人様が私を大事に扱ってくださった事も、鮮明に覚えている、帰り道、どうにも割り切れない気持ちで、電車に揺られたことも。

本を読み返して、老紳士は元気かな、と思ったりもした。


あの時 未熟だった私は悲鳴を上げてしまった。御主人様に命じていただいたことであったのに、悲鳴を上げたのだ。

御主人様も恥ずかしい思いをされただろうと思うと、あの場が辛かったのであろうことも想像できる。腹をくくることもできなかったのだ。



あの本には世界に統一感がある。

本の言葉を借りて表現するのであれば、『ジャンル』達の統一感だ。そこにはジャンルに対する裏切りがない。だからこそ読んでいて陶酔する。

そして、何年経っても、読み返す度に、ある種の優越感と共に陶酔していく自分がいる。

6年前と明らかに違うことといえば、スイッチの切り替えだ。

その裏側には、奴隷となってフワフワ浮かれていた私に、御主人様が繰り返し教えてくださり、躾けてくださった事、『自立』がある。


御主人様の躾けは絶対であって、素晴らしいものである。

信じてきたからこそ今がある。


こんなに穏やかな心の日常が かつての自分に想像できただろうか...







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