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Lovely Hot chocolate

昔の仲間の
FB記事



FBにて
再会できたことで
仲間の様子がわかる





地元の
みんなが集まる
居酒屋



店主の料理を
何度も食べているから
美味しいことは
手に取るように
分かった


行きたいな


思うが
私には
戻れない場所






upされている
画像の中に
つい
善を
探してしまう


未だ
見つけあてられたことはない


もう
50を過ぎているだろう

私が
歳をとっているのだから
善が
歳をとるのも
当たり前だった




28で
結婚するまでの間
大よそ
5年の間
愛されていた



子を愛する
いい父親だった



FBを
見るたびに
善を
探してしまう










昨日
週末の土曜
相変わらず
厨房は戦場だった



コース料理の
注文が
予約の客と
新規の客で
いっぱいになり
厨房の一角には
前菜を盛る
大皿が
山積みになっていた




ホール担当が
注文を
伝えにやってくる








5千円コース、タパス、サラダ、エビピ、パエヤお願いします







えーーーーーー







あまりの連続注文に
厨房から
ブーイング







文句言わない







新人の私が
宥める




そんなやり取りが
楽しくて楽しくて
楽しくて
仕方なかった


こんなに
楽しい職場が
あったのもかと
不思議で仕方なく
返って
怖かった




もう
大切な場所
大切なもの
大切な人
失いたくない




ビクビクしながら
毎日を
過ごす






本当は
もう
辛くて辛くて
仕方なかった


仕事をしていないと
心が
壊れそうだった





今日から
かっしー復活と
私の
体力限界にて
dinner
からの
参戦となった






気持ちばかり
焦る


でも
みんなに
心配をかけたまま
働くことも
とても
辛かった







病気も治らない




行先は
暗かった




先が見えない人生は
本当に
生きにくかった



どこにも
誰にも
頼れない





辛い
辛い





この言葉しか
出てこない






弱音は
吐きたくないが


この先の人生が
怖い




仕事がなかったら


そう思うだけでも
とても
怖かった




必死に
食らいついて
認めてもらうしか
他になかった










もっちーの
入れてくれた
Hot chocolate



ほろ苦く

甘かった
















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季節が変わって

昨夜から続く
冷え込み

仕事帰りも
Tシャツでは
寒く
帰り道
台湾料理の店に立ち寄り
五目ラーメンを食べる




初めて
入った店で
従業員は
日本語が
喋れなかった




番号のついてる
メニューから
番号で
注文して
豚足
牛肉入り餃子
五目ラーメン

注文すると
一人で
食べきれないほどの量の
豚足が
運ばれてきた



従業員も
取り皿を
2枚置いていく




まさか
この
細い女子が
全部
平らげるとは
想像もつかなかったのだろう





テーブルいっぱいに
並べられた
料理を眺めて
あの方のことを
考えた





あの方は








元気でやっている









仰っていた




私のために
2週間に1度
400キロの距離を
往復してくださった







私は

お慕いしている

と言いながらも
あの方を
心から
愛していたのだ




ハッとした






あの方を
愛していたけれど

私は
あの方には
私自身の
綺麗な部分しか
見ていただきたくなかった



抱える
多くの病気
ワガママや
泣き虫


あの方には
見せたくなかったのだ





だから

彼の言う







ずっと一緒にいよう








にわかに
信じ難かった





家庭のある男は
家庭に戻っていく





私の中で
格別の存在の
あの方を
お慕いしながら
愛していくことと
その他の
男を
愛することは
容易ではないのだ





仮に
他の男を
愛したとしても

あの方から
お声をかけていただければ
私は
飛んで行く



それは
どうしようもない
事実であり
私に課せられた
務めなのだ



生涯
私の務めは
終わらない






誰が何と言おうと
どんなに月日が経っても
私にとって
あの方は
絶対なのだ




愛している



などと
俗っぽい言葉など

あの方には
通用しなかった






身の回りにいる
複数の
男達





私は
LOVE ADDICTION



依存体質









寒い日は
肌を
重ねたい










あの方に
犯していただいた
オフィスビル

鮮明に
思い出す
















人を愛するということ

台風接近中


今日も
天気は悪いが
世間はすっかり秋だ



私が
赤城を出たのは
6月12日
まだ暑くもなかったし
Tシャツに
パーカーを
羽織るようだった






このところ
仕事に追われていたが
とても
充実している
8時間から12時間は
働いているいことになるが
それでも
無表情でいても
許される
職場は
ありがたかった






あの方が
よく







満たされていると満足のいく詩は書けない








仰っていた




私が
その状態にいるのか
分からないが
それでも
多少なりとも
心は
晴れやかだった




消えかけていた
灯りに
灯が灯りつつあった


しばしば
あの方から
mailの
返事を
いただけることも
あった






私は
依存症という
病気にて
多くの男たちと
関わってきたが
誰一人として
私を
愛する
男はいなかった





あの方以外に
私を
大切にする男は
皆無だった





主治医は
どこまで
私を
理解していたのだろう



大きな愛情で
私の
治療を
施してくれていたことは
解る



それでも
主治医を裏切った
私に
もう
逃げ場はなかったのだ









生まれて初めて








ひさみ愛してるよ







と言われた




心からの
渾身の力を込めた言葉だった




そうは言っても
彼は
既婚者で
子供達を
強く
愛していた




子供達は
素直ないい子で
奥方さえも
顔見知りだった









逢える時間が5分でも10分でも どうしても逢いたかった








そういって
彼は
2時間半の道のりを
車をとばして
やってきたのだ



彼は
キラキラした眼で
真っ直ぐに
私を見つめて








今日はどうしても逢いたかった








と言った





彼は
奥方しか
女を知らなかった


愛しているという
抽象的な言葉も
理解が出来なかったと言う



それでも
彼の口をついて
出た言葉は


生まれて初めての







愛してる







だった






私は
老いても
老いても
気がついたら
独りぼっちの
人生を
歩むものだと
覚悟していた




それでも
彼は








ずっと一緒にいよう








という





純粋な
気持ちだということは
痛いほど
理解できた







家庭のある男は
家庭に戻っていく



それは
紛れもなく
事実だった








ひさみ愛してる








驚きを
隠せなかった














季節はもう

秋だった



















信じる強さと果てない想い

2013年3月20日



身の上に
一大事が起こった



カウンセラーを
伴い
家族会議が
執り行われ
私は
数人の大人に
取り囲まれ
責め立てられた





人生最悪の日だった




如何様カウンセラーは
私を
赤城に追いやった




ボーダーラインとして







昨日は
連休中日

厨房で
目を回していた




たかぎさんに







目回ってるけどー






というと







みんな回ってんのよ!







と言っていた




昨日は
連休初日よりも
予約が入っていて
店内は
ごった返していた




トイレに行こうと
2階にあがるも
客に呼び止められ
行けない有様




厨房にいると
店内の様子は
分からない


ひょっとすると
店内よりも
厨房の方が
騒がしいのだろう





大皿に盛られる
前菜達

とても綺麗






賄が終わり
17:00
スタート

18:00
を回ると
厨房は
早くも
殺気立っていた







忙しくなってくるとみんな気が立っているから何言われても気にしちゃダメ






まみさんが言う






うん






答えて
自分の仕事に取り掛かる






ホールと
厨房の時間の言い合い






あと何分だって訊いてんのよ!!!






まだやってないんだよ!!!







だから何分!







10分!!!






料理長が叫ぶ






まるで
お祭りだった




スペインの祭り


情熱的な厨房








まだ
日も浅いのに
私を
いっぱしに
扱ってくれるのが
嬉しかった



出来ないことも
多いけれど
それでも
デカい態度で
私は
厨房にいる







職場が明るくなってよかったわねー






たかぎさんが言ってくれる

嬉しかった







客の引きが
早かったようで
昨日は
ラストオーダーの時間に
上がることができた







まるで
ハイジの屋根裏みたいな
更衣室の
梯子の階段を上がる





薄暗い
更衣室





携帯を見ると
mailの
着信ランプが
点滅していた





あれ??





このところは
ずっと
LINEのランプが
多かった





気になって
直ぐ開く







胸が奮えた
瞬間だった



何度も何度も
読み返していくうち
涙が出てきた



直ぐ
返信した







私には
まだ
猶予があった









おまえは自分のことをしっかり見つめなおしなさい







あの方の
大切な言葉だった









胸が
高鳴った
















厨房は戦場

人生ってわからない





本当にそう思う



今の職場で
私が
必死に立ち回っていること
誰が
知るのか





少なくとも
親族は
誰も知らない






昨日は
まるで
戦場の厨房を
経験する




かっしーの
お父上が
急死したため
私は
かっしーの分まで
担当することになる



かっしーの
お父上の
急死は
本当に
突然だったから
みな
あっけにとられてしまったが
戦場は
待ってはくれなかった




賄いを

食欲ない

と言って
食べるのを拒むと







これから長いの!食べないと持たない!!!






と言われ
料理長の作った
美味しい賄いを
食べる








今は
何が大切で
何が必要で
何を護らなければならないか
分からなかった




よく利用する
八百屋さんで
知り合った
おばさんに
話し込んでいくうち
カボチャを
買ってもらったり
息子を紹介したい
と言われたり

職場では
もっちーと
私を
みんなが
くっつけようとした






もっちーは
もう
15年
勤めているそうだ



背は低く
とても
男前とは言えない

私と同い年だが
女の匂いも
一切しなかった




こういう種類の人間は
見たことあるな

思っていたが
仕事に関しては
殊更
生真面目で
私の仕事について
いちいち
指摘をしてくれる








スポンジ反対向きに







オレンジは切り方が違う








うるせーな







と思っていたが

料理長に
頼まれた
パーム貝を
探しに







もっちー!パーム貝!!!







と言ったら







おいで!!!







と言って
私を
パーム貝のある
大きな
冷蔵庫まで
促してくれた







これだよ、覚えておいて 終わったら観音の方に入れておいて







OK!もっちーありがとう







そう言って
戦場に戻ったが

おいで

と言われた時は







行く行くーーー!








思ってしまった


洗い場で







もっちー、おいでって言ったでしょ、あれはカッコよかったよ







というと







あはは







と言って

思い切り
照れていた




女に免疫のない
独身男の
照れる姿は
見られたものでなかった




それでも
無駄な動きなく
仕事を熟す
もっちーは
なかなか
魅力もあった






ただ
もう
結婚はごめんだから
もっちーと
どうなろうとは
まったく
考える余地もなかった








このまま
ここで
いつまで働くのか


考える余裕もないほどの
戦場






お祭り騒ぎのようで
私は
好きだと思った

















Spanish!!!

秋晴れ



いい天気





心の中は
どんよりと
曇っている


ここ数日
新しい仕事に追われ
体中が
バリンバリン






あまりの忙しさに
仕事上がりの
淋しさが
襲ってきて
思わず
絶縁の
母に電話





3callで
切る




折り返し
かかってきた電話には
出なかった








変わった子だねー







このところ
何処に行っても
言われるようになった



もう
頑張るのを
止めたのだ



いい子でいるのも
頑張るのも
やめたやめた!!!





ゴッドファーザーに








ひさみ







と呼ばれたら







なーに??






と答えるし

はい

ではなく

うん


返事をする




もう
それでいい

ニコニコも
したくない

だから
今の仕事を選んだ




笑顔を振りまくのも
明るく話すのも
もう
疲れた







誰かに頼ろうも
頼る相手は
いなかった



男に頼ろうも
みな
既婚者だった




彼らは
決して
私を
離そうとしなかったが
同時に
家庭も
離さなかった






20代
前半に
一緒にいた



彼は
17年上だったが
元気で







俺はこれが効き過ぎちゃうのよ







と言いながら
栄養ドリンクを飲んで
毎日
私を抱いた


日に
3度も4度も
私を抱くのだ







なんでこんなに気持ちいいの??







と言っていたことを
思い出す





4年の付き合いだったが
私が
何を思ったか
結婚してしまった瞬間
彼は
離れていった




男はみな
面倒を嫌う





善は
私を愛していたと思うが
いつも







俺は離婚できるかどうか分からないけど、ひさみに子供だけでも生んでもらいたい







と言った



変わった人だな


と思っていたけれど
彼なりの
愛情だったのかもしれない




ペニスから
血が出るまで
私を愛した

それからというもの
日に3度

自分で決めて
私を抱いていた






私は
善を愛していた


もう
10年以上
昔の話






男達は
私を愛するけれど
みな
家庭に帰っていく


その背中に
文句をつけたことはなく
故に
男にとって
都合のいい私は
愛されたのだ






そうしていくうち
私を
真剣に
愛する男は
いなくなった




そういうもんか


今は思う









いい女になりなさい








主治医の
言葉が
身に沁みる






同じ言葉を
私にかけてくれたのは


たった一人
あの方だけだった
















世の中騒々しいじゃない

世の中騒々しいじゃない
いいじゃないいいじゃない
心配事ならキリがない
いいじゃないいいじゃない






スピナビル
E~じゃ9



あさみが好きで
コタに仕込んだ歌



すっかり
気に入っている







楽になるよねー







あさみは言う






以前だったら
あまり
何も感じなかったかもしれない

でも
生きにくい

思う今
あさみと同じく
楽になる
と思うのだ







ここ
2.3日
あさみからの
連絡が
めっきり減った



どうやら
とっちとコタと
出かけているらしい


なにもかも
失った


もう
何かを失うことは
怖いので
こちらからの
連絡を控える


傷つかないための
防衛をする







このところ
いろいろなことが
変化して
心が
ついていけないでいる



私の考え方は
もう
正常ではないらしいのだ





思うままに
生きようと思った


もう
思うまま




本当は
誰かに
相談したいが
私に
相談できる相手は
いないし
頼れる人間もいない



誰にも
相談をしないまま
物事が
あれよあれよと
進んでいく





怖いくらいだ







取り戻したいものは
もう
なにも
取り戻せなかった


新しく
作り上げていくしか
他になかった






大切な人の
期待にも
応えたかった


あの方の元にも
行きたかった


お金があるのなら
何処にでも
飛んで行きたかった


もう
なにもかも
どうでもよかった


何事にも
真剣で
一生懸命なのに
もう
どうでもいいと
思う気持ちも
強かった



本当は
誰かに頼りたい気持ちで
いっぱいで
不安で
いっぱいで
どうしようもなかった


この先
生きていけるのか
働けるのか
病気が治るのか




病院に戻ることは
とても
辛かった







追い詰められた
私の
行く道は


暗闇だった
















なんだか疲れたみたいだなー

9月12日



赤城の
強制退院が
解けた




その日は
市の女性相談センターに
行ってから
上越方面に
向かう予定で

強退が
解けるという
緊張感もあったが
忙しく過ごしていた






3ケ月過ぎた


赤城を出て
3ケ月






3ケ月の間
2度
警察のお世話になった


命さえかかっていた





赤城のことを
覚えているのは
きっと
私だけで
赤城で
私のことは
もう
忘れ去られているだろう



それはそれでいい






もう
人に気を遣いすぎること

人に良く思われようとすること

笑顔

男に寄生してしまうこと
LOVE ADDICTION

摂食障害



もう
嫌になった

だいぶ
嫌になった




自分が
何処にいて
何をしているのかも
よく分からなかったし
生きていていいのかも
よく分からなかった




髪だけが伸びて
腰を越えていた





たとえ
誰かを愛しても
愛してもらえないことも
よく分かった


私は
誰の
一番になれない


それは
ずっと
ずっと
変わらない





私に
求められるもの

肉体
快楽
癒し


主治医は
ガッカリするだろう




風俗で働くことも
諦めたに近いが

市の相談員に







風俗で働こうと思ったのはどうして??







と訊かれて







合っていると思います








と答えると
彼女は

ポカーン

としていた


口をついて出た言葉は








合っている??







だった



楽をして
金銭を
稼ごうと思ったわけでもなく

もう
それしかないと
思うしかなかった






都心の
風俗店を
検索して
自分に合いそうな
SM の
風俗店を
探す





誰にも言わずに
初めてしまえば
誰にも
止められなかったかもしれない



それでも
今は
一番
大切な人に
告げて
地道に
働く道を
選んだ





ただもう
ただただ
辛くなって
泣くことが多い








赤城に戻りたいと思うが
それさえ
叶わない



相談員が言う








専門の先生なのだから先生に相談したら??







主治医に
相談できていたら
ここに来ていない





それは
言いにくかった







誰も
助けにはならず
誰の
助けももらえなかった







何を失って
何が残ったか




両親も
妹弟も
絶縁









今の私に

一体
なにがあるのか
















抱いて寝て

機能不全家族で
育った






人との関わり方が偏っている病気







診断されていた








病気と思うことに抵抗があるなら
人との関わり方が偏っていると思うといいよ







主治医が言った




主治医は
白髪で
眼鏡で
白衣を着て
footwork軽く
左手の薬指に指輪が光っていて
カッコ良かった


武道を熟し
私を
閉鎖に引きずるときも
感じたことのない
とてつもない
強い力で
引きずられた






1度目の閉鎖は
1時間以上
床をのた打ち回って
泣いていた

その間
主治医は
つかず離れず
ずっと
傍にいてくれた





泣き疲れて
眠り
起きて
泣いて
眠り
繰り返し
繰り返し




端々に
主治医の記憶




様子を見に来る



看護が







ずーっと寝てます







と言っていたのを
覚えている




余計なことを言う







主治医の愛情は
私物に及び
私は
看護も認める
主治医の
お気に入りになっていた







LOVE ADDICTION の回復者に君を引き合わせよう







いつだったか
こう言っていたことを
思い出した



回復前に
私は
逃亡した








抱いて寝て







ひと肌が
恋しかった


ピタリ
肌を寄せ合えれば
それだけで
安心して眠った




抱かれることで
自分の存在と
相手の体温を
感じていた

そこに
愛情があったかどうか
定かではないが

たとえ
その時だけでも
私に向けられる
熱い情熱を
私は
エネルギーとして
生きていた






私にとっては
SEXは栄養
どんな
豪華な食事より
SEXが
栄養をくれた







満たされていた
2年間



なんの記憶もない
結婚生活



愛を求めて
彷徨う日々




居場所などない








身も心も
ボロボロになっても
それでも
構わなかった







いつか
私を
本当に愛してくれる

私と
同じ
愛の形を持つ
誰かが
現れてくれるだろう


淡い
期待を抱いて











抱いて寝て






淋しから
離さないで





阿部定になるかもしれないから









抱いて寝てね

















季節の変わり目歯痛にて

そろそろ
夏が終わる



最近は
歯痛に悩んでいる


ロキソニンを
飲むも
痛し





摂食障害にて
糖分の足りない
私の体は
異常に糖分を
欲する


故に

チョコレートを
異常に
食するのである





赤城にいた頃は

砂糖中毒

と言うことだった




AMKミーティング
という
ミーティングで
一人の友人が
アメリカで言われる

砂糖中毒について
明かしてくれた





ミルクティーを
作るにも
あさみには






なんだこの砂糖水!!!w






と言われるほど
あまい飲み物らしい



自分では
気が付かないが
相当量の
砂糖を
注いでいるのだ







ここ毎日
怠く
眠い
おまけに
歯が痛い




薬局に向かうも






季節の変わり目ですから怠さはそこから来てますねー







とのこと
風邪薬を
売る気はないらしい







はぁ






もしご心配なら病院に行かれてはどうですか??







・・・・・
そうですねーw







保険証がない









薬局を後にするも
咳が出る






嘔吐の際に
喉を傷めるので
咳が出るのは
致し方ないのだが
それだって
咳は苦しい






歯痛から
頭痛もあるし
肩こりも酷い




まったく
私の体って
不便









今は
だいぶ
歯痛も収まっているようだが
以前も
知覚過敏にて
だいぶ
痛んだ



虫歯ではないと思うが
それにしても
痛い




歯痛は
我慢の限界を
超える







あまり
健康体ではないので
季節の変わり目には
めっぽう弱い

こ怠さったらもう・・・w








明日から
上越に向かう


親族の四十九日





面倒だが
新幹線は好きだ


学生時代の
京都行を
思い出す







先日は
島根から
上京した
後輩と宴会


たった二人の宴会だが
それでも
なんとも
楽しい
宴会だった





真面目な奴だと思っていたが
思いやりがあって
面白くて
バカで
大酒のみだった





私が
過去の彼氏と
よく訪れた

東尋坊

という
居酒屋に連れて行くと
浴びるように
日本酒を飲んだ







水飲んでるみたい







というと







地元じゃこんなもんじゃないケー








という







コイツはこんないい奴だったのか







私が
栄養失調で
倒れたとき

ヒロコ

という
彼女と
看病してくれたのも
コイツだ






今の嫁も

ヒロコ

だそうだ








狙ったの??







と訊くと







そうそう!!! っておい!!!







と言っていた


いい奴だなー







私の大学の仲間達は
すっかり
いいオッサンになっているが
みんな
いい父親になり
偉い
坊主になっていた



幼稚園の
園長をやっている
コイツは


先生



呼ばれていて
上京してきたのも
学会のためだった






娘が二人いるが
可愛く
嫁によく似ていた





鼻筋の通った
なかなかの
美男子のコイツは



不細工

B線



いつも
ひどいことを
言われていたが

なんとも
ハートの
熱い
いい奴だった






帰り
わざわざ
ホームまで送ってくれる


グデングデンで
騒がしく
うるさい
と思ったが
私の肩を抱き
歩く姿は
とても
後輩とは思えなかった








淋しくなったらいつでも連絡くれればえーんじゃ、のう







といって
私の姿が
見えなくなるまで
手を振ってくれていた






けんちゃんが








ひさみはみんなに愛されてるんだよ







そう言ってくれたことを
思い出す









こんなところで
死んでる場合じゃない









立ち上がるのは
きっと
これからだろうと



受話器をとった

















思い出は永遠に綺麗で

終わらない愛は
不変の愛情として
人の心に宿る


その灯は
消えることなく
永遠に
輝き続けるのだ







今でも
変わらず
思い続けている人がいる


私の中では
決して
思い出ではないが

逢瀬も
会話さえも
叶わなくなってしまった今
思い出を
彷徨うしか
あの方を
思い出す
術はない






愛している
と言う言葉は
不適切で

私の中では

お慕いしている

と言う言葉でしか
表現できない




あの方ほどの
紳士に
これから生きていく人生で
2度と
出逢うことは
ないだろうと
信じている






あの方に
躾けられ
育てられた
私の
魂は

平然と
何事もなかったかのように
生きているようでも
躰の
深い深い
奥底で
沸々と
湧き上がっているのだ





出来ることは
何でもしたかった

どんなことでも
躊躇なくできた

あの方から
離れてしまうことが
一番
恐れていたことだから
私は
突き放されることを
何としてでも
避けるために
出来ることも
出来ないことも
なんでもした







このところ
風俗で
働いてみたと
思うようになった




以前も
同じことを
あの方に
相談したことがある




あの方は
私の持ちかけた
相談について
決して
否定されることはなかった




あの方の
言葉の一つ一つは
いつでも
穏やかで
温かくて
優しかった



アイマスクを通して
感じた
吐息や
私を
縛り上げていくときの
息づかい
今も
身近に感じることができる






私のすべてだった

その想いは
もちろん今も
変わることはないが
他には
何も見えなかった



見えなくても
何も怖くなかった



もし
アイマスクを装着したまま
どこかに
放り投げられてしまったとしても
それでも
心からの信頼があるからこそ
心からお仕えしていたからこそ
怖いことなど
何もなかった








お前には絶対的な安心感と大きな快楽を与えている







という
勿体ない言葉を
かけてくださったことがある



どうしようもなく
幸せだった




上野の桜
渋谷のハチ公
新横浜の駅
御一緒していただいたホテルの数々
すべての
出来事を
思い出すことができる







私は
あの方のような
孤高で
誇り高く
スマートな
紳士に
出逢ったことがなかった






懐かしくても
恋しくても
愛しくても

もう
逢瀬は
叶わないのだろうと
思う






私の人生は
あの方に出逢って
180度
変わっていった


私は私らしく
生きる道を
選べるように
光を当てて
行く道を
照らしてくださった





今の私があるのも
すべて
あの方のお蔭と言って
過言ではない








私は
どんなに月日が過ぎても
どんなに年老いても
あの方を
お慕いし続けていく




私の
エネルギーだから

生きる希望だから







もう
2度と
逢えないかもしれないけれど
それでも
生涯
お慕いし続ける








思い出はいつでも
色褪せることなく
綺麗で
綺麗で

輝いている

















不思議の国のあさみ

見えない世界ってワクワクするーーー!!!





あさみは言う




毎日
丸一日
やり取りする
LINE

ところどころ
途切れるも
何をしている時間かさえも
分かるようになった






あさみは
夜中に近づくにつれて
殊更
元気になっていく






何かしたーい!!!






と言っていたかと思うと

僅かのうちに
その言葉は







お腹すいた―――!!! お腹すくよね??w







という
言葉に変わる




深夜も
23時を回ると
大抵

お腹がすいてしまう






これには
きちんと
原因があって

あさみは
赤城にいた頃
1型糖尿病なのにもかかわらず
病院側の無知により
糖尿食を
食べていた







足りなーい!!!足りない足りない!w これじゃあまた低血糖になっちゃうよ!!!







と言って
お腹を空かせていた

ただでさえ
美味しいとは言えない
病院食

それでも
退屈な
入院生活
食事は
楽しみのひとつだった


それさえ
思い通り
食べられない






21時に
医師の
夜回診があり
就寝後から
あさみの
血糖測定が
始まる




ロビーでは
あさみの取り巻きが
あさみの為に
菓子パンや
お菓子の数々を
捧げに来るのだ




あさみには
まったくその気はないが
男達は
我先にと
あさみの元へ
食物やGAMEを
運んでくるのだ





私は
群れることを
好まなかった為
就寝後
部屋にいるか
誰もいない
外来に
独りでいることが多かった







お菓子食べよーよ!ひさみちゃんもロビーにおいでよ!ロビーで寝よう!w ってね??w








必ず
LINEしてきてくれた




LOVE ADDICTOIN
として
男性へ接近することを
禁止されていた私
そんな
大勢の男達の集う場所に
行けるわけがない







外来にいるよ。静かにいている。







と言って
あさみが
こちらに向かってくることを
待っていた






その間
あさみは
お菓子を
食べ続けていることになる


夜回診後の
2130頃から
意識のある
2430の
血糖想定あたりまでは
何かを口にしているから
相当な量を
食べていただろう






あさみは
モデルを熟し
水商売で
歌舞伎町で NO.1になり
琵琶湖では
cruisingをし
男は
一人頭10万
と計算して
時給が発生することで
行動し
多くの指名を熟し
人に情を移すことなく
生きてきた




ストレスから
1型糖尿病になり
不治の病と
判ってからの
夫の失態により
single mother
となった





村上龍著

「心はあなたのもとに」

にも
記してあるが

インスリンが
ほとんど体内で生成されない
1型の糖尿病

いくつか
種類はあるようだが
インスリンを
体内で
作れないので
食後や就寝前に
注射するか

インスリンポンプ
と呼ばれる
注入器を
肌身離さず
身に着けて
血糖値を
コントロール
しなければならない


体には
常に
針が刺さっている




あさみは
以前








私は注射が怖くて怖くて、注射をしたくなくて拒食症になって死んでもいいと思った!







と言っていた

それ故
インスリンポンプの
装着となったが

時に
インスリンポンプが
外れていたり

ズボラな性格のため
就寝中
インスリンが
足りなくなってしまったりして
翌朝
気分が悪く
息子を
保育園まで
送る道のり
意識が薄れ倒れて
通行人に
救急車を呼んでもらうことも
しばしば







人が通ってる道でよかったー!







あさみは
そう言うが

救急搬送されて
意識が戻ってすぐに







また倒れちゃったw







と言われる
私は
気が気じゃない



幸い
息子は
あさみを
心から愛していて
まだ
幼いが
あさみのことを
よく理解しているので
救急車に運ばれる
あさみを
見送って







ママをお願いします







と言うのだ








お金で健康が買えるなら、いくらでも出すわ!w







あさみの
口癖だった








あさみは
抜群のスタイルを
保つために

食事と言う食事を
すべて
嘔吐していた時期がある



今の私のように



入院して
8キロ太った
あさみ







私にできるんだから ひさみちゃんにだってできる!







と言って
私の嘔吐を
なんとか
食い止めようとしてくれるのだ










あさみには
母性や
女性らしさと言うものはないが

素晴らしい
友情の心を
持っている





あさみとコタの為なら
何でもしよう

そう思う
夕べ









この世の中に
生きにくさを感じている
私達




あさみは
自身が
生きにくい中でも
私にも
一筋の光を
もたらしてくれる
素晴らしい
存在







あさみは
あさみという
人生を生きている








これからも
益々

不思議の国のあさみとして











柳 あさみに敬意を込めて





















太陽のかくれんぼ

赤城を出て
連日続く
全身の痛み


特に
首と肩




まったく・・・

酷い肩こり






現在35歳





赤城に入る前の日常では
こんなに
体が痛むことは
なかった





赤城に入って
約20日


たった
20日



私の
健常生活は
たった20日だった



20日間
3食
嘔吐しなかった




毎日毎日
太っていった


嘔吐しないことの
誇らしさ

裏腹に
太っていくことへの
嫌悪


闘って
闘って
毎日
苦しかった



入院して
何日目だったろう


眠剤が切られて
新たに
処方された
眠剤に変わった



その日は
佐賀から
大切な友達が
面会に来てくれたこともあり
平常心を失っていた

いつでも
フラットに過ごすこと
大切なことだが
すっかり
浮足立っていたのだ




夕食も
咀嚼を忘れ
友人の元に向かう





夜のミーティングを経て
投薬

21:00
就寝



完全に
knockout




お腹の違和感





恐らく
6時間
我慢した



消化しない
食物達が
腹中で
暴れる





・・・ダメだ








久しぶりの嘔吐









それから
約5ヵ月

毎日の嘔吐は
藤圭子の如く
体を蝕んでいた





摂食障害


私の場合は

過食嘔吐


たくさん食事して
すべて嘔吐


嘔吐の際の
負担が
体の痛みとして
主に
上半身に
現れる



みなが
そうとは限らないと思うが
私は
日常生活が
困難に近いくらいの
痛みであると
思うのだ








赤城を出て
間もない頃

友人のパートナーが







首の痛みや肩こりは運動不足だよ






と言っていたけれど

内心
お前にこの痛みが解ってたまるか


思っていた







昨日
ホットペッパーの
クーポンで
見つけた
サロンに行って
アロママッサージを受けた


一時的に
よくなるものの
結局
元の木阿弥



今朝も
激痛だ




目覚めて直ぐに
入浴することも増えた

それでも
痛みは
消えるわけではない







藤圭子
亡くなる前には
やはり

体が痛い痛い

と言っていたそう




私の
毎日の口癖も






あー首痛い、背中痛い






なのだ




いずれ

この痛みがなくなるのなら死んでしまった方が楽だ


などと
言い出すのだろう





父も
男性の
摂食障害は
大変珍しいが

60代にして
立派な
摂食障害だ



あちこち痛む


呟きながら

私も
余生を過ごすのだろうか










携帯の
充電が
出来にくくなってから
約半月が経つ




昨日は
DoCoMoショップへ向かい
手続きをして
新しい
携帯が
届くことになっている






ゆーちゃんからLINE





今のことろは涼しいねー






いつも
ポツリポツリと
LINEしてくれる







涼しいねー




あつくなりそだけど




なるかなー








仕事に入る前に
LINEしてくれたのか
私の
言葉で
会話は
途切れた









太陽がかくれんぼして
涼しい今日


どこか
お散歩に行きたい






たとえ
雨に打たれても

散歩に行きたい








どっかーw

行きたい!








あさみにLINEしたところ







飴だーよー??







という

まだ
寝ぼけている






今日は水曜日

こたの
言葉の教室








あさみの助けになることは
何でもしたいと
思う

1日の始まり

















夏風邪ひくバカ

喉の奥が
はり付いてしまっているように
閉じられているような
不思議な感覚だった



なにか
声を発そうとすると
発声できない






ん??






あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛






やっと出た声は
男だった







あれー??




喉の鈍痛
気が付くと流れる
鼻水
目が覚めて
数秒の余裕もなく
忙しい







もう
何日風邪だろう



風邪を引くのは
栄養が取れていないから
仕方ないけれど
こんな重症の風邪は
久しぶりだ




数日前
離脱にて
明け方まで
眠ることができず
体のおかしさに
苦しんで
苦労した日から
風邪を引いたよう








ライムシロップを
砂糖を入れて
お湯割りを
飲んでいる


変化なし


飲んでも
何の変化もない








あーあ


夏風邪ってバカが引くよねー!





あさみの



おはよーーーーーーーー







同じく




おはよーーーーーーーーー



と答えて


夏風邪の事実を報告






バカだったんだねーーーw







・・・・・






分かっちゃいたがね!w









あーーーーー

あまちゃんがーーー

たいへーん!!!



今日の
あまちゃんは
3.11
をこえて
3.16

列車を走らせた

という
感動的な放送





哲太も
よしよしも
かっこいーわー








人への不信感が
増していた


通信も
もう
したくなかった




人を信じて
裏切られること

人を信じて
思う通りでなかったこと

人を信じて
同じ思いでないこと



人は人
仕方ないけれど


もしかしたら
EM
かもしれない
私は
感情自体を
封印して生きなければならないと
思ったのだ






笑っていれば
無害





泣くも
怒るも

もうしない


そうしたい





一喜一憂も
もうしない



喜ぶことも
もうしない



期待も想像も
もうしない





どうやっても
自分勝手な私

いろんな想いで
忙しい!





だから
感情を殺す




それが一番いいかなー








苦しむのも
悲しむのも
ガッカリするのも
疑うのも
探るのも



嫌だ嫌だ








もしかしたら
入院していたら
違ったのかもしれない




時々そう思う






本来
EM
ではなかったし


どうして
EM
が出てしまったのかも
分からない






いつの間にか
悲しさと苦しさ
心に痛みを感じることについて
自分の感情を
理解できなくなっていた






人との
繋がりの難しさ

最近知ったような気がする


知り合い
程度なら
なだしも



長い付き合いのある
友達とも
難しい






むずかしなー・・・







人との付き合いってー
むずかしいよー









本当に
大切な人と

本当に
大切な友達


たくさんは
いらないから


その人達を
大切にできる

温かい人間になろう










good-bye人生

goodluck人生









夏風邪よ、さらば!!!

















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